昨日の地震【3.11とその後】

自分のこと

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こんにちは、地震が来る前にネットで商品を注文していたのであまり大災害になって欲しくないみょうびです。

3月11日の事

あの日は夜勤明けでネットゲーをして夜勤の為に午後2時過ぎには寝ておきたいと思い、幸いフレンドとの約束もありませんでした。

トイレを済ませて布団に入りウトウトし始めた時に遠くから大型トラックが10台は連なって走ってくるような音が迫ってきました。

揺れ始めてからトラックではない事を知りました。

いつもの震度4くらいだろうと思っていたら、どんどん揺れが大きくなり巨大な怪物でも闊歩しているのかと妄想して怖くなりましたがどうやら大きな地震であるようでした。

猫達の位置を確認して、オドオドしてる猫(これニャーニャなんです)を抱いて布団に潜り込みました。

木造住宅な上に作ったのが扉のサイズすらも間違えるようなへっぽこ大工でしたので正直言ってどこまで揺れに耐えられるか、床が落ちてもベッドと布団で衝撃は耐えられそうだけど屋根が落ちてきたら重みには耐えられないかもと色んな妄想をしている間に揺れが終息していきました。

高校の日本史の先生が大地震と津波について授業を脱線して話していたことがあり、当時は冗談半分だろうと聞いていましたが冗談じゃなかったんだ、、、と先生の話を思い出しました。

巨大な地震の後は津波が来ると思っていい。

車を使わずに走りなさい、出来るだけ遠くに、出来るだけ高い場所に。

到達まで約30分、お前たちの遅い足でも30分あれば助かる位置まで逃げられるだろう、いいか絶対に車は使うなよ、皆車で逃げようとするから渋滞で進めなくなる。

泳げばいいと思うだろう?津波は新幹線くらいの速度で流れてくるから波に当たった時点で即死だからな。

もし上手く直撃を避けても津波が巻き込んでくる車や家屋の残骸、岩や石の衝撃で無事ではいられない。

布団から出てテレビをつけて驚愕した。

当時はいつも通りコンビニ夜勤に出勤

いつも通りだと思っていたが、飲み物やカップ麵、パン、おにぎり等大量に買っていくお客さんが多かったです。

当時は買い占めという言葉すら分からず、オーナーからも買いたいお客さんには買って貰っていいよと指示を受けていました。

しかし、翌日から商品の納品が無くなり、備蓄等せずにお腹が空いたらコンビニで買っている習慣の人は困っているようでした。

私に文句を言われても商品が入ってこないのは私のせいではないのになと思いました。

津波で自宅を流された人にも文句を言われました。

「あなたのお家は流されてなくていいわよね!」

ただのコンビニの店員にそれを言うのか。

何故商品が入って来なかったのか、数年後に知った事だがここ福島県に入る道路は全て自衛隊が封鎖していて例え県内住まいの人であっても帰宅できない状態だったようです。

商品が入ってこないので、コンビニは数日間お休みになりました。

許可を取れた商品のみが県内に入れるようになると、コンビニにも少しずつパンやおにぎりや水が並ぶようになりました。

大きな余震がある度に店内の割れ物を支えたり大騒ぎの日々でした。

3.11インターネットは二週間くらい使えなかった

ネット回線の中継基地の機械がダウンしたらしく、ネットが使えず本を読んで時間をつぶしました。

買ったけど読んでない本が結構あったのでそこに関してはいい機会だったと思います。

それから暫くしてFF11を引退、体調を整える為にコンビニを退職。

昨日の余震

10年内にくると聞いていた余震がギリギリやってきたのにはちょっと驚きました。

この辺りは震度6弱だったそうです。

大型トラックが来たな~と思ったら揺れが大きくなり、、、。

3.11の時も今回もよく出回っているような物が散乱する動画のような事も無く、ニトリで購入したガリレオ温度計が倒れたくらいでした。

ガリレオ温度計の購入を考えているひとは、倒れないタイプの購入を検討した方がいいと思います。

あ、あと猫達の水が盛大にこぼれていました。

猫達はびっくりして皆コタツの中に入ってしまい、カイトとハナはちょっとでも物音がすると唸って警戒するような状態でした。

当時も今回も断水や停電もなく、いつも通りの生活です。

今日の午後になって大丈夫そうだなと安心したのか、何故か睡魔がどっときました。

そんなに不安でもなかったと思うし、心配もしてなかったつもりですがストレスを感じてはいたのかもしれないです。

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